2021.04.13
コロナ下の補習授業校の学校経営 ~第三部 3学期はじめから年度末まで~
ジュネーブ補習授業校 校長 齋藤 寛
INDEX
1.はじめに
やっとたどり着いたという思いの冬休みに入った。しかしこの間も感染症の陽性者の報告なども飛び込んできた。児童の場合には重症化していないことが多くほっとしている。やがて来るかもしれない子供達や職員の重症化や犠牲者の報告をする日を想像するといたたまれない気持ちになる。スイスでは、12 月末からワクチンの接種が始まり、テレビでは連日接種の様子が報道されている。職員の親などは接種されたということを報告受けるようになり、徐々に状況が好転してくることを期待している。
先の報告に示したように、本校では、2 学期間を通して組織を作り、権限と職能を明らかにしてそれが次第に機能してきたため、コロナ下の学校運営をなんとかコントロー ルができている状態になってきている。これは、校長がリーダーシップを発揮して、はじめからそう狙っていたのではなく、その時々の判断が蓄積され、その経験から徐々に構築されたものである。
「思い上がっていてはいけない。リーダシップとは、みんなに助けてもらうことなんだよ。」とは、茨城県教育研究センターの所長さんから、リーダー研修会で教わったことばである。こうして海外にいるとつくづくと自分の力のなさを感じる。それは自分の能力以上の判断や実践を常に求め続けられているからでもある。悩み悩みの学校経営も 3 学期になった。
3 学期は 10 週間で年度末である。その間に次年度の経営について構想し、人事を行い、修了式・卒業式を行うという大事業をすることになる。
2.3学期概括
(1)3学期授業の対応
①1月1日~2月28日:オンライン授業
②3月1日~3月20日:対面式授業
前回のレポートの最後に書いたように、1月の始業週の対応を予め決めておくためには、オンラインを選択するしかなく、3学期はオンラインから開始された。3学期は1 月から3月までで、日本でもとても短く、誰が転勤するとか話しているうちに終わってしまうが、スイスではその間に2月休み(スキー休み)という1週間の休業期間があるため、10週間しかない。しかし、年末のクリスマスシーズンの街の開放的な雰囲気からか、感染者が激増して、政府の対策が次々に強化されていった。加えて変異種が出てきたという不安もあり、本校は2月末までのオンラインを決定した。
また、若年齢層にも感染者が出始め、公表はしていないが、地元の学校でも学級閉鎖や学校閉鎖の措置がとられているとの情報が入るようになった。 実際に3月に開校してからの3週間の欠席連絡には、本人の体調不良ではなく、あるいは本人は陰性だが学校が学級閉鎖のため欠席します、との連絡が入るようになった。
(2)この間の保健委員会の動き
①12月10日(木)
1月4日からの1週目のオンラインを決定。11日からの2週目については、1月3 日(日)の保健委員会で決定することを決める。
②1月3日(日)
1月11日からの2週目と3週目のオンライン継続を決定。
③1月14日(木)
1月最終週から2月末までのオンラインを決定。ただし状況を見て、2月休み明け の開校も考慮する。(実際は開校できなかった)
④2月11日(木)
3月の対応については、2月25日(木)の保健委員会で決定することを連絡する。
⑤2月25日(木)
3月の対面授業再開を決定する
⑥3月22日(月)
20日(金)の政府発表を受けて、4月の始業週の対応を決定する。
4月14日(水)16日(金)17日(土)を対面式授業とする。
3.今までのオンライン授業の経験から分ってきたこと
①学校は急カーブは切れない
オンラインと対面の授業は、対面で行うことをただオンラインで講義式に授業を行えばよいと単純に考えがちであるが、実際はそうではない。学習内容にはオンラインに向くものと対面でも可能なもの、対面の良さ・オンラインの良さがそれぞれある。また、 場合によってはそのために大幅な教材単元の組み替えが必要になってくるようである。
2学期末に提案した3週間サイクルの「ジュネーブ方式」の授業はそこが欠点であった。教師にとっては、開校しての対面授業が最も望ましいが、そうでなければ、小刻みにチャンネルを変えるよりは、どちらかがある程度見通しを持って継続されることを望んでいるのが真実である。
また、補習校の教員の勤務時間や勤務日は限られているため、授業準備の時間の確保も中々大変であるので、小刻みな急カーブは難しいことになる。
②オンラインでの欠席者・休学者
一般的に在外教育施設の子供達の通学範囲はかなり広い。本校の子供達もかなり広範囲から通学している。フランスとの国境を越えての通学者も多数在籍している状況である。そのための子供達保護者の負担はかなり大きいし、感染リスクも大きくなっている。
実は、オンラインの期間中にも児童自身が濃厚接触者になったとの報告はあったが、 オンラインだと、本人に症状がない限り出席することができるというメリットがあった。
本校はフランスから越境してきている児童生徒も多い、それらの国境を越えて通ってくる子達も感染リスクが高く心配される。こうした子の何人かは、対面の時には欠席をしていた人もいる。
ただし、今年度は休学者が約 40 名と多かったのも事実である。通常の年の約倍の人数 である。(現時点では 2021 年度では 10 名未満と回復している)
③長時間のオンラインは、身体に苦痛であり、特に目が疲労する
1月になって、オンライン授業を継続しているときに、気づいたことがある。それは、 オンラインの授業中に、画面を切っている子が増えたという点である。それは、大部分が眼精疲労であった。本校では、目の疲労に対応するために、通常の授業を20分ほどに小刻みに分けて、実施する方法(ジュネーブ方式)をとっている。それでも、疲労はかさみ、画面を切って音声だけで参加する児童も増えてきたのだと考えられる。
私もオンラインになってから、ほとんどの勤務がパソコン上で行うことになり、画面を眺める時間が大幅に増え、児童の授業に参加しているときに目の痛みを覚えることが 多くなった。 この点を保健委員会で話し合い、保健便りでお知らせすることや目の体操などを行うようにした。
④オンラインは、「学力格差」が大きくなる ~という幻想
チューリッヒ大学の先生が「オンライン授業は学力格差が拡大する」という主旨の論文を発表し、話題になったことがあった。この結論は「だからオンラインは駄目なんだ」 というものであったが、教育現場の者としては、至極当然の結果だと感じた。
そもそもが、家庭の教育力には差がおおきくあって、その差を少なくしてきたのが学校教育であったからである。教育格差の少なさは、そのまま学校の存在意義でもあるからである。それが、オンライン授業になると家庭の教育力の差が再び出てくるためである。
この点は、学校の使命として重く受け止めたい。
⑤長期間のオンライン授業の継続には、変化が必要である。
向山洋一に「変化ある繰り返し」の名言がある。学校は、変化をつけながらの繰り返しによって、児童生徒を楽しく鍛えていくことを計画的に行うべきである。
1学期、2学期とオンライン授業にテーマを設けてきた。そして3学期には「ギア チェンジ」という目標を先生方に示した。児童も保護者も、頭ではオンライン授業がリスク回避のためには理解できても、疲労がたまり、限界が近づいてきていたためである。 そのため、3学期には今までのオンライン授業の経験の蓄積の上に、更にオンラインの可能性を追求した「ギアチェンジ」を感じさせる内容を求めた。次の章で実践例を述べてみたい。
その一つのヒントが「オンラインは可能性が大きい」という点である。それは、オンライン授業のよい点の一つに遠くにいる人ともオンラインでつながれる点にある。地球の裏側の人とも隣の部屋にいるようにつながれる点である。こうした点を意識した3学 期のオンライン授業を計画することにした。
⑥オンライン期間こそ社会に開かれた学校でありたい
オンライン期間は、学校は孤立しがちである。しかし、閉ざされていていけない。各種情報を集め、吟味・咀嚼して、判断して、発信するという。ことは今まで以上に必要になる。その点、学校には領事事務所や保健アドバイザーなどにより最新の情報をいち早く連絡頂ける仕組みが整ってきた。これらは皆ご好意でやっていただいていることである。
また、使命感の高い運営委員会の皆さんの活躍は本校の学校運営上不可欠な要素となっている。(運営委員長は黒衣と自らをおっしゃっている。)
また、今年度は経済的にも経営上苦しかったのだが、例年よりも多くの保護者の方々からのご寄付が頂けた。金銭的にも有り難いが、それよりも保護者の学校を思う気持ちがうれしかったのである。
4.3学期の特徴
①オンラインの習熟
本校職員は、オンライン授業を間断期間はありながらも、1年間続けてきて、オンライン授業の技術は習熟している。また、それはオンライン授業の技術のみならず、提出物のやりとりや、保護者や子供達との日常の連絡などの通信としての利用法や、学校便りや各種お便り、重要な連絡などの通信手段・周知手段としても有効活用してきたことが本校の利用法の特色である。
お便りとしては、年度末までに発行したのは以下の通りである
・「瑞風」(公的な学校便り)22 号
・「手をつなごう」(校長室便り)31 号
・「元気一番」8保健便り)17 号
・レマンのさかな(職員向け研修便り)11 号
このような授業を含んだ IT 関係の分野での技術の向上が飛躍的に図られたのが今年度であった。これは、私が行ったことは全くなく、全て本校の IT サポートチームの活躍によるものである。
②オンラインのカリキュラム上の工夫
45分の授業をそのまま継続することは難しく、25分で刻む方法を本校は考案した。ただし、教員の勤務時間は定められているので、これを変更することなく、オンライン で実施する仕組みが、2学期から取り入れてきた「MS ジュネーブ方式」という授業法である。
この方法で、本校は比較的早くから、全校を対象にオンライン授業を継続し、学力の低下を防ぎ、子供達を励まし続けることができた。
③運営委員会の理解
2020年の夏休み前の時期の、校長がまだ国内勤務の時には、運営委員会で、「オンラインか対面か」の議論を行った。当時は保健委員会はなく、そのためアンケートを詳細に取り、その結果を考察するなどした。国がロックダウンを解除したあとの判断は難しく、保護者からも様々な意見を頂いた。そのため、判断に至った過程について、詳細な説明を行った。その説明文の作成のために1週間ほど議論するため、どうしても発表が遅くなる傾向があった。保護者の大部分は、結果が知りたいのであって、議論の過程の全てを知りたいのではない。そこを改善したかったので、先に説明したように、 「保健委員会の提案」→「運営委員長に報告・決定」→「校長から Teams にあげる」 という簡便な方法にすることにした。この方法の導入によって、定例の午前9時からの 保健委員会の会合の決定をその日のうちに職員・保護者に連絡することができるようになった。(連絡の際注意したのは、「保健委員会の提案」のあと職員には保護者よりも 先に連絡を入れた点である。私は、職員への連絡は例え10分でも5分でも早くいれるべきであると考えている。)
このような簡便な方法を考案してくださったのが運営委員長である。
5.オンラインのギアチェンジ(校内)
オンライン授業は第一期、第二期、第三期と行ってきて、それぞれにテーマを設けた。
第一期は「つなごう」であった。ロックダウン状態の子供達の顔を見て、少しでも授業を提供し、学校や教師の存在や友達のつながりを感じてもらうことで、励ますことを目的 とした。
第二期のオンライン授業はつながるだけではなく「授業の質の向上」を大々的にうたってみた。職員研修を実施し、教材や教育課程を工夫して先生方は質の高い授業の提供を目標にして実現してきた。
そして、第三期は「ギアチェンジ」を目標にした。それは、背景として長期的に子供達や保護者に負担をかけ続けているという反省である。また、担任の IT 授業の指導技術も 向上して、単に授業を行う以上のことができるのではないかと考えた時に、オンラインだ からこそできる授業を考えてみてほしいと職員に訴えたかったからである。
果たして、何人かの職員が「オンライン講演会」を考えてくれた。それは「ハワイの国 立天文台の方」「ジュネーブ在住のお医者さん」「裏千家の家元の息子さん」「スポーツドクター」などなど多彩な内容だった。(次年度は「南極派遣の方」に承諾を頂いている)
これらは全て、オンラインだからこそ実現した内容であった。
6.オンラインのギアチェンジ(クラブ・懇談会)
オンラインが長くなってくると、子供達も保護者も飽きや疲れが出てくるのではないかと心配してきた。そのため前述の講演会を工夫してみたが、それ以外にも工夫したの は、オンラインによる「ピクニックタイム」(みんなでお弁当を食べる)「オンライン 茶話会」(夜に大人はいっぱいやってもよいことにした)などである。
「オンラインクラブ(ぶどうクラブ)」というのは、「隠し芸大会」「漢字クラブ」など クラブ活動をオンラインで行うというゲリラ的な企画である。
このようなことも、2月休みという期間を挟んで、おこなうことで、子供達のオンライン疲れや飽きに対応し、休学者を学校につなぐためになんとか工夫しようとした企画である。(「オンラインクラブ」では「ウクレレ漫談」「南京玉すだれ(ジュネーブ玉すだ れ)」などが披露された。)
「漢字クラブ」という企画は、地元で日本語を教えている方に講師になっていただき、 楽しく漢字教室を行うという企画である。
これらは、授業ではなく、文字通り「クラブ活動」である。こうした試みは緒に就いたばかりであるが、オンラインの可能性を拡大させ、かつコロナ以後もボランティア企画や授業以外の活動として布石となる活動であり、大きな意味のある活動であった。
7.修了式・卒業式
3月の3週間は対面式授業を行うことにした。その間には、卒業式・修了式という重要な行事があるため、保健委員会では充分に検討し、保健衛生面と儀式の目的を尊重して実施した。
①卒業式
来賓祝辞はビデオメッセージ・またはメッセージを送付いただく
送辞は、ビデオメッセージ
参加者は、卒業生・校長・担任・司会 のみ(在校生・保護者は参加しない)
保護者には、ビデオ取りしたものを期間限定で公開する
②修了式
・全体に関わることは放送で行い、修了式の式辞は校長が各学級を回って述べる
(今回の式辞は「文鎮の思い出」~人を許すということ~)
8.終わりに
当初の赴任予定から133日遅れての着任から始まったジュネーブ補習校の勤務であった。初めて勤務する補習校の校長の仕事は何か?を問いながらの勤務であったが、毎日したのは、ひたすら教会の鐘に無事を祈ることだった。卒業式の朝も「今日一日だけ お願いします。」という祈りからだった。
そんな頼りない校長であったが、職員や協力をしていただける方々の献身的な活動があって、どうにかこうにかたどりついた最終日であった。このレポートを書く意味は、 それらの方々のお力に報いるためである。
以上は、私のジュネーブ補習校の1年目の取り組みである。自分で成し遂げたことはあまりなく、謙遜でも何でもなく職員や運営委員の皆さんや協力者の皆さんがしてくれたことが多く、自分としては自分の力のなさを感じ続けた毎日であった。
文科省の国際教育課の皆さんや、ジュネーブの領事事務所・運営委員会・茨城県教育 委員会・守谷の仲間の皆さん。海外子女教育財団・海外子女教育研究会・茨海研には大 変お世話になりました。在外教育施設は絶海の孤島ではなく、こうしてコロナ下だからこそ、こうした組織の支援の温かさを強く感じた日々であった。
来週は2021年度の始業式や入学式がある。自分にとって最後の年となる1年が始まる。ずっと以前若い頃には「大過なく」という言葉を軽蔑していた。前進も改善も目 指さない臆病者の事なかれ主義と感じたためだ、人生は波瀾万丈がよいとも思っていた。それが、今、毎日考えるのは「何事もなく」という一事であることに気づく。 担任時代、一日の日課を終えて帰りの会の挨拶の後、靴箱まで子供達と雑談しながら歩き、昇降口の後ろ姿を見送るのが毎日の儀式だった。思えば、何千回も後ろ姿を見送った。教師の一生とは子供達の後ろ姿を見送る一生なのだと思う。
また後ろ姿を見送る日課が始まる。
コメント